【1】ソビエトの軍用兵器がアメリカ全土に現れる
1994年の始まりと共に、国中のアメリカ人が大量のロシア軍用兵器を、そして例は少ないが、場合によっては、数年前までは崩壊したソビエト社会主義帝国の一部だった諸国にあった物を目にし始めた。
●多数のトラック
南ミシシッピにソーシエという小さな町がある。州道49号沿いにガルフポートの北へ25マイルほど行ったところだ。
そのソーシエのすぐ南にある巨大な兵站施設に、何百ものソビエト製のトラックがあるところが、そのビデオテープと写真に収められていた。
環境保護庁の排気ガス排出基準を満たさないために、合衆国の公道を走ることができるものが一つとしてない、外国の車両で満たされた平原を映したビデオテープと写真が公開された。
その後、アメリカの人々が撮った他の外国(ソビエトよりも恐ろしい国であることがよくある)の軍用兵器の実際の写真がいくつか公開された。こうした軍用兵器は国内の様々な場所で目撃されたものだった。
こうした目撃例の中には、列車のすべての車両が外国の車を満載しているものが含まれている。これを目撃して写真に収めたのは、モンタナとワイオミングとコロラドという西部の州に住む、関心を持っているアメリカ人たちである。
この列車の目撃の場合、これらの西部の州の市民たちは自分たちが選出した代議員たちに電話と手紙を殺到させた。その中の大部分には返答がなかったか、国防省からのお茶を濁した返答をもらうかのどちらかだった。
そして、返答のなかった理由の多くは、議員たちが返答を思いつくことができなかったためだ。
返答の一例を挙げると、コンラッド・バーンズ上院議員(共和党、モンタナ州)は、国防相から受け取った返事を有権者に送った。
その返事は、110台の平床型車両がモンタナ州を通過したことは認めたものの、目撃され写真に撮られた車(ソビエト製のジープから武装した車や人員運搬車まであり、白く塗られて、国連の記章があるものもあった)はカナダから来たものだと述べていた。
国防省は、カナダ軍は自国で訓練をするには「寒すぎる」ことに気付き、それぞれに4台の武装車を乗せた車両も含む、110台の鉄道平床車両と共に、軍隊をカリフォルニア州のキャンプ・ペンドルトンに移送したのだと主張した。その場所の方がカナダより温暖だからで、ボスニア派遣の準備のための訓練を行うことができるからだという。
大西洋から太平洋へ、合衆国の北の国境から北極圏にまたがる巨大な国であるカナダは、北極圏を含む広大な国土を守らなければならない軍隊の訓練をするには寒すぎるというのだ。
この手紙が示唆していたのは、サンフランシスコの南にあるキャンプ・ペンドルトンの周りの地域は、ボスニアに似ているということだ。ボスニアとは数年前までユーゴスラビアだった国から離脱した共和国だ。
●怒れる市民
怒ったモンタナ州民は、このような馬鹿げた話を受け入れなかった。
カナダ軍のスポークスマンは、カナダ軍の現在の準備状況を考慮に入れた上で、カナダ軍をすべて動員している間ですら、武装車を満載した平床型車両を110台結集することはカナダ軍には難しいだろうということをアッサリと認めたのである。
いずれにせよ、これらの初期の目撃談によって水門が開かれ、そこからアメリカ中の新聞の編集局に他の報告が、事実上流れ込んだのだ。
一方、ミシシッピーの田舎にあるトラックの発着場からは、そこに駐車された何百ものソビエト製のトラックの責任者たちがこう主張した。
トラックはドイツでの競りで購入されたもので、崩壊したドイツ民主共和国(東ドイツ)のもので、元合衆国空軍中佐が経営している、エアマル・リソーシズという私企業が購入したものだという。
起業家として彼が以前に経験したものの中には、“弾薬の輸出”による外国貿易があった。
●「平和維持」のために
ミシシッピー州のソーシエと、その近くのパスカグーラ、更に、アイオワ州のスクラントンにある主要発着場が、その特定された地点である。
トラックはそこで修理されてから、世界中の「平和維持と人道的」目的のために、国連に転売されることになっている。
その貨物引換証は、こうしたトラックが実際にはドイツから来たもので、国連が使用するために購入されたものであることを証明している。
そして確かに、その中には救急車やゴミ運搬車に見えるものに変えられたものもあるし、国連の公用車の色である白に新たに塗られたものもある。しかし、今日に至るまで、国連に「売却された」ものがあることを証明するものは何もない。
ソーシエにあるトラックの多くはNBC(核・生物・化学)戦争汚染除去車両であるが、洗練された移動通信指令センターであるものもあり、そのすべてにソビエト製の電子機器がいまだに満載されている。
ミシシッピー州の田舎と西部の州からの話に続くのは、ロシア陸軍の主力戦車であるソビエト T-72 重戦車の報告である。
この戦車が、様々な州を、主として民間の運送業者に牽引されて通過したことが報告された。その中に、テキサス州とフロリダ州での報告がある。
●ここにも戦車、あそこにも戦車
テキサス州の場合、州の北西部にあるフォート・ストックトンの州間道路沿いのトラック停車場で、2台の T-72 が目撃された。完全に稼働している状態で、1台は最近製造されたもののようだった。
フロリダ州の場合、州の北部の州間道路を平床型トレーラーに載せられて牽引されている T-72 が目撃された。
戦車に通し番号を付けることによって、合衆国にT-32 が最低でも30台あることが確認され、写真に撮られたものの中で、最大の数字を持つものを“A30”とし、最小の数字を持つものを“A09”とした。
この証拠が公開されると、ペンタゴンからの報告を受けていた連邦議員たちが困惑して、戦車は湾岸戦争の間にイラクから押収したものだと言ってきた。
有権者たちは、合衆国に運び込まれた戦車はわずかで、戦闘での強度を確認するテストのためだと言われた。
これでは、「砂漠の嵐」作戦で、合衆国の陸海空軍がソビエト製のイラク戦車を何百台も破壊したのに、そのようなテストがまだ必要であるかのように聞こえる。
これも奇妙なことだが、共産主義中国などの武装車両が、湾岸戦争中にイラク軍によって配備されたという事実がある。ソビエト製の軍用兵器ばかりか、この外国製の軍用兵器も、イラクだけでなく世界中の国で売り歩かれてきているので、疑問がわき起こる。
なぜ、合衆国軍は、イラク軍から押収されたこれらの武装車の強度検査をすることに興味がないのだろうか。今のところ、中国の戦車や他の武装車が合衆国内にあるという報告はなされていない。
●謎のミサイル
ペンタゴンの説明がいまだにないものに、ソビエト SA-8 ゲッコー地対空ミサイル発射台の目撃談がある。
これは、6個の発射管に使用可能なミサイルを完全装備しており、夏に、ケンタッキー州ウィンチェスター近郊の州間道路を牽引されているところを目撃され、写真に撮られたのだ。
イラク軍は、湾岸戦争のときゲッコー・ミサイル発射台を配備しなかった。これは、戦争の報告書とイラク軍が使用した装置を広範囲にわたって再調査した結果、判明したことである。
そして、全く説明されていないのは、ソビエトのフロッグ地対地ミサイル発射台が、ルイジアナ州で春に目撃されたことである。
この発射台は、牽引されてルイジアナ州を通過したのだが、核弾頭を備えることのできるミサイルを完備しており、今は亡きソ連の象徴であった赤い星のマークが付いていた。
イラク軍はソビエトのマークの付いた軍用兵器は持っていなかったのである。
ハインドDとヘリクス攻撃ヘリコプターが多数存在することの説明も難しい。
これらのヘリコプターは赤い星の記章を付けており、ほんの数週間前に、ルイジアナ州のガルフポート、ミシシッピー州の上空の広い範囲、そしてアリゾナ州のフェニックスの地上で目撃され、写真に撮られたのである。
●「熊」が現れる
そして、数週間前に、ルイジアナ州のバークスデール空軍基地で、ロシアの巨大な Tu-20 大陸間重爆撃機(核爆弾か誘導巡航ミサイルのいずれかを運ぶことができる)と、それに伴う、同程度の大きさのキャンディッド IL-76 空中給油機が目撃され、写真に撮られたのを、だれかの想像の産物だとか蜃気楼だと見なすことは不可能だ。
この二つの機体には、両方ともソビエト社会主義共和国連邦の記章が付けられていたのは明らかで、それが合衆国空軍基地にあったことの説明を、だれもがいまだに待ち望んでいる。
更に説明されていないこととして、多くの報告によると、今年のもっと早い時期にバークスデールに、ロシアの重武装エリート軍隊の記章を付けたキャンディッド空輸機が到着したことや、T-72 戦車と他のロシア武装車を装備したロシア軍が、デソト国有林内で、密かに野営し機動演習を行っているということがある。
評論家たちや疑い深い人たちは、アメリカ中の情報源から集められた、この意見の衝突を引き起こすような話が、なぜ夕方のテレビニュースや他の国内新聞に登場しないのか、不思議に思ったりもするだろう。
そして、中でも一番切実な疑問がある。それは、何人かの軍事専門家が言うように、ロシア軍の軍用兵器が事前に展開配備して、多数のロシア軍が合衆国にやってくるのを待っているのだろうかというものだ。
というのは、ビル・クリントン大統領政権とサム・ナン上院議員(民主党、ジョージア州)などの政府有名人たちが、ロシア軍を“訓練”のために合衆国に招き、サム・ナンは最近、ロシア軍はこの地でアメリカ人に歓迎されるだろうと述べたからだ。
【2】外国軍隊はアメリカの“秘密基地”に隠されている
現在30万人くらいの外国軍隊がアメリカにいるという話をよく聞く。
この数字は誇張されたもので、それを裏付ける証拠はない。30万人と想定される外国の軍隊が2万人のグループに分けられるとするなら、合衆国内の15ヶ所に分散して隠されていることになるが、それはまったく不可能だ。
だが、それはある程度の外国軍隊が、合衆国内の基地かどこかに分散していることを否定するものではない。
合衆国軍隊の秘密基地が実際にあり、そのうちのいくつかは最高度の機密性を持つものだ。だが今日では、だれも障壁の内側の秘密を完全に漏らさないでおける能力はない。
●秘密は必ず漏れる
その良い例は、ワシントンから発行されているポピュリストのウイークリー紙を、93年6月から熟読すればよくわかることである。そこでは、長い間完全に秘密にしておけるものがないことは明白だ。漏れは必ず起きる。
30万人ではなく、2万人の軍隊を収容するためのバラックや、他の施設を含む膨大な面積をしばし思い浮かべるかもしれない。大掛かりな外側のサポートが必要だし、最後には知られてしまうだろう。
アメリカに数十ヶ所ある軍基地で勤務している合衆国サービス職員および民間職員は、基地を囲む民間の人口の中に、基地から離れて住んでいる。サービス職員の妻は定期的に基地の売店にショッピングに来るし、サービス職員自身も将校クラブで会ってお互いに話をする。
こうした基地の社交により、2万人の外国軍隊を隠すことがどんなに難しいか考えてみよう。
たくさんの軍隊を隠すことが難しいということの古典的な例は、テキサス州のフォートブリスでわかるとおりだ。そこでは、1500人のドイツの部隊が現在駐留しており、多くは家族を伴ってきている。彼らを隠す方法などありはしない。
もし30万の部隊がアメリカ内に隠されているのなら、第二次大戦中に原爆を開発するために行われたマンハッタン計画以上に厳密な秘密保持が必要だ。
周知のとおり、マンハッタン計画は完全に秘密ではなかった。ソビエトは超秘密計画をすべて把握していたのだ。
どれだけの数の外国部隊が、アメリカに駐留しているというのだろう。
数千人がアメリカ各地に散らばっているというのが、妥当なところではないだろうか。
ただ、間違えないでほしいのは、この数千人の中には、93年4月末に上院軍事委員会議長のサム・ナン上院議員がロシアへの官費旅行の最中に公式招待した、ずっと前からここにいるロシア部隊が含まれることだ。
サム・ナンは、あきれたことに、ロシア軍がアメリカの人民に歓迎されるだろうと述べている。これは扱いにくい問題なのだ。
●ロシア軍の実態
ここで、アメリカにいるロシア軍の例を示してみよう。
ペンタゴンは認めることはないだろうが、確かにロシア軍は存在する。たぶん会社形態を取り、ロシア製の車両その他の装備により、ミシシッピのデソト国立森林公園でアメリカの精鋭部隊と共に訓練を行っているのである。
最近、ロシアのベアー爆撃機が、給油機を伴ってルイジアナ州のバークスデール空軍基地に30人を乗せてやってきた。
彼らは、そこに駐留している第二爆撃師団の施設へのトップシークレットの旅行をしたのだ。この施設は、アメリカ最新の核兵器を装備した B-52 重爆撃機の師団である。
彼らはロシアへ8月28日金曜日に帰還し、モスクワ近くのリャザン航空基地に着陸した。
ボブ・スタンプ下院議員(共和党、アリゾナ州)によれば、「1994年3月の間、約50人のロシア人兵士と支援人員が、合衆国兵士およびカナダ兵士と共に、アラスカでの捜索と救出訓練に参加した」という。
8月14日からの1週間、モスクワのミコヤン設計事務所のテストパイロットがチェサピーク湾のハイシークレットのパトクセント川(メリーランド州)空軍基地にいた。この設計事務所は、朝鮮戦争の前にロシアのジェット戦闘機であるミグのラインを設計した事務所である。
この基地への訪問は、ロシア航空界の華であるロシア人パイロットを、実際に合衆国 F-18 海軍キャリアジェット、最新鋭合衆国海軍戦闘機で飛ばすためであった。
サンフランシスコやラスベガスを含めた合衆国内の様々な場所で、ロシア警察が高度で専門的な合衆国警察SWATチームと訓練を行った。
一般に知られていないことだが、ロシア警察は、実際は軍組織、国の民兵で、ロシア軍と防衛組織の複合体だ。
これらは例の一部である。他の例もある。
●どうしてロシアが存在するのか?
問題は、何人が現在アメリカにいるのかではなく、彼らがここにいて何をすることを許されているかということだ。
例として、バルクスデールとパトクセントの秘密は、アメリカ人民によって維持されているが、ほんの数年前にはアメリカがもっとも恐れた敵であった外国のパワーの高度な技術を持つ人によって、裸にされているのだ。
次に、疑いもなく、ロシア人は、今まで見たりコピーしたことがない最新の合衆国航空技術を、アメリカの防衛メーカーから買うことを許されるということだ。
彼らは、アメリカの人民自身が歩くことを許されていない場所に入ることを許されている。かくして、アメリカ人民が新しい敵になったのだ。
【3】カンザス・シティでの目撃例
●輸送されるソ連製軍用兵器
98年2月の第2週のある夜遅く、カンザス・シティの住人が、午後10時以降には通常列車が通ることのない鉄道線路を、列車がゆっくり動いているのに気付いた。不思議に思い、彼は、防水シートが掛けられている農業器材と思われるものを積んでいる、平台型貨車が連結されている長い列車に近付いていった。
すると、防水シートの一枚が少し吹き飛ばされて、その中身がソビエト製 ZSU-23-4 対空砲撃車であることが、陸軍に9年間務めていて経験豊富な対戦車砲撃手の眼の前に明らかになったのである。
警戒しながらも、彼はさらに近づいて車両を見てみた。
彼がそのような機械を「BRDM、BMP、それより多い ZSU と、少なくとも40のアウトラインを持つ T-72 であった」と説明するのを、陸軍の兵役経験者が聞いたなら、彼が何を目撃したかが分かるだろう。
T-72 戦車は、当人に大変な衝撃を与えた。彼はこう言った。
「(近付いて見る前に)すでに通り過ぎたものは数えなかったのですが、私が目撃した戦車は、数えてみるとおよそ100台ありました。あれは長い列車でした。
列車の後尾には10両の有蓋貨車がつながっていて、そのうちの二つの車両は中に明かりがついていました。」
その列車は、カンザス方面に向かう西部車線を走っていた。
「私は、実際に以上のことを目の当たりにしました。直に見たのです。」
と、その目撃者は書き記している。
民衆には何の説明もされずに、鉄道や道路で、軍用兵器が国中のあちらこちらへ相変わらず輸送されているのである。
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