【1】世界的騒動
――新しい国際的メカニズムが必要とされる。繁栄を生み出すグローバリゼーションのポテンシャルが、責任を持って利用されるのであれば。
世界経済フォーラム専務理事 クロード・スマージャ
1998年は、グローバルな財政崩壊で終わることもなかったし、新興市場諸国と日本が財政崩壊したにもかかわらず、アメリカとヨーロッパの経済状況は好調であった。しかし、だからといって、満足しているわけにはいかない。昨年は、アメリカとヨーロッパが、最初は単なる地域的な危機だと思っていたひとりよがりが崩壊した年だとすれば、1999年は、危険と隣り合わせに生きなければいけない年になってきているということができる。
アメリカの経済成長を持続させることは、世界の経済を動かし続けるために必要不可欠である。しかし、それは株式市場のバブルに依存しており、株式市場のバブルは、引力の法則と経済の合理性を無視して、無制限に続くようなことはないだろう。ヨーロッパの経済成長の見通しは劇的に悪化した。そして、認めがたいほどに高い失業率が低下する見込みは完全になくなった。これは、国の経済政策が要求するところと、ヨーロッパ中央銀行が設定する政策基準との間の緊張を高める可能性がある。このような緊張によって、ユーロの安定性は、思ったよりも早く試練を受けることになるだろう。
ラテンアメリカでは景気後退が蔓延し、東アジアでは、危機はゆっくりと悲惨な最低ラインに達しつつある。しかし、成長の回復は非常にゆっくりしたペースになるだろうし、予想外の混乱が起こる余地もない。この意味で、中国がますます窮地に陥っていく状況の中で、どの選択肢も好ましくない安定成長改革の三者択一の窮地を乗り切ることができるかどうかは、不吉なクエスチョンマークである。そして、日本が、いつ現在の状況から脱却して、苦悩の中にある世界経済を解決する役割を果たし始めるかということについても同様のことが言える。
世界の繁栄に対するこの脅威を、単なる自然現象、経済活動の浮沈だと片づけるわけにはいかない。ここ18ヶ月の騒ぎは、財政資本主義に支配された21世紀の世界経済の、最初の組織的な危機と言える。これは、グローバリゼーションのプロセスの意味合いの理解と、そのプロセスにおける最初の結果に対処するのがいかに遅れているかということである。そしてこれは、構造を整える必要性と、世界全体の現実とグローバル化に対し、責任をもって対処することのできるプロセスを整える必要があることを示している。
ダボスで開催される今年の年次総会のテーマは「責任あるグローバル化」である。これは、以上のような背景によって、すでに昨年の春の世界経済フォーラムで決められたものである。もちろんこの時、いろいろな意見が出された。上機嫌な意見、失望した意見など、様々であった。抑制され、後退さえしているグローバリゼーションのプロセスについての意見や、「この危機は、世界的に資本主義が後退していることを意味する」というような見方について、いろいろな意見が出されたのであった。群衆心理によって激しく動く、どうしようもないような巨大な短期資本の流れから自国の経済を守るために、一連の対策を取った国もあったが、これが論議の中心となるのではないだろうか。
しかし、グローバリゼーションに伴う問題とは、グローバリゼーションのやっかいな意味合いと、グローバリゼーションのもたらす不安定化の影響を我々が好まないために、問題が解決されないということである。情報テクノロジーと通信革命を取ってみても、グローバリゼーションのプロセスは不可逆と言える。また、もう一つの問題は、一般に持たれている幻影とは正反対に、問題を個々に取り上げたり、選択したりすることができないということである。もし、多くの政府が、グローバリゼーションのいろいろな要素をあれこれと抑えたり、グローバリゼーションの浸透を遅らせたいと思ったとしても、それは無駄なあがきと言うことができる。
本当の問題点は、グローバリゼーションのプロセスに含まれているものにいかに対処するかということである。そして、富をより増大させ、配分するための歴史的なチャンスとするためにはどうすればよいのかということである。また、それを、世界の経済システムをより広範囲に統合するための道具として、いかに変貌させるかということである。これは、特に宗教界にとって重要である。今まで宗教は、単なる傍観者の立場に取り残されていた。もし宗教に対し、世界経済と自らを統合する機会と方法とが与えられなかったら、宗教は忘れ去られ、絶望し、暴力的な反乱を起こす可能性だってあるからである。
この課題は、概念や政治だけをいじったとしても、解決がつくような種類の問題を含んでいる。IMFと世界銀行がどういう役割を果たし、どういうやり方をしたらいいかということは、この新たな状況の現実に照らし合わせて、再びしっかりと取り上げなくてはならないことを我々は知っている。この新たな状況とは、ますます重要性が増している新興市場諸国の世界的な役割によって作られたものである。IMFを、グローバルなレベルでの最後の貸し手にするだけでは十分とは思われない。そのためには、世界的な規模での新しい財政インフラストラクチャーに向けた、幅広いコンセンサスを作る努力も必要だろう。この財政インフラストラクチャーによって、各機関は、もっとスムーズで透明な機能の仕方をするようになる。そして、潜在的な危機を発見し、抑止できるようになるだろう。
同様に、ヘッジファンドの活動と、電光石火で動く短期資本の巨大な流れによってもたらされた不安定な状況を抑えるという問題に、確実に取り組まなければならない。この問題を解決する勢いが弱まったら、最悪の結果が待っているだろう。
しかし、新しい世界経済のためには、政策を協力して連動させるための別の構造が必要である。新興市場諸国が、グローバルなシステムの中で果たしている役割の重要性が高まっていることは、現在のG7の構造が適切かどうかという疑問を投げかける。ブラジル、中国、東アジアで起こったことや、それらの国が取った決断は、大きな影響力を発揮し、経済システムを安定させたり、ぶち壊したりしている。よって、新しい経済・財政政策の協同作用の構造を整え、重要な新しい役者を統合する時が来ていると思われる。それがたとえ、排他的なクラブのメンバーだった人たちが、特権を失うことになろうとも、実行すべきではないかと思われる。
もっと根本的なことは、グローバル化は、二つのレベルの問題を我々に突きつけているということである。国家のレベルにおいては、政府の役割を再定義する必要に迫られている。事業活動に対する政府の影響力はますます減少し、財政市場の圧倒的な力によって、策を弄することのできる限界は限られてきている。政府は、二つの主な領域で、政府の役割を増大させる必要に迫られている。一つは、政府は政策を通じて、経済活動を活発にし、知識を増大させ、競争力を高めるために、最も望ましい状況と枠組みを作る必要があるということである。もう一つは、グローバリゼーションによる容赦ない圧力と、様々な必要性に直面している状況にあって、政府は国民に対して、一般的技術や専門的技術を提供しなければならないということである。政府は、グローバリゼーションのプロセスの社会的な影響に取り組む能力と、グローバリゼーションの影響によって不安定になった状況のバランスを回復させる能力によって判断されるようになる。それは今後より一層そうなっていくだろう。新たなグローバル化によって、スピード、柔軟性、多才さ、終わることのない変化、という特徴が非常に目立つようになるだろう。ある意味では、不確実性も際立ってくるだろう。しかし、たいていの社会においては、文明のレベルは、その国民に対して、どの程度の安全性を保障できるかといういうことと、どの程度将来を予測してやれるかということと関係がある。柔軟性と関連して、将来の予測の不確実性が増大するが、それと、安全性を高めたいという希望とは両立しない。これにどう対処するかということは、ますます課題となっていくだろう。
グローバリゼーションによって、政府の役割がなくなるとか、役割が縮小されるという誤った見解を持つのはやめるべきである。グローバリゼーションは、政府の役割の相当な変化を強いるのである。それに適応することに失敗したら、社会は不安定になり、政治的な反動が起こるだろう。人々が、政府以外のルートを通じて、恐れや願望を表明するようになるからである。
国際的なレベルにおいては、ここ18ヶ月の進展と、グローバリゼーションへの反動は、新たなグローバル化によって生み出される、経済と社会のモデルという問題を提起している。グローバリゼーションのプロセスは、アメリカモデルが世界経済に機械的に拡張していくことにすぎないと理解する試みもあるが、これは、ますます反論されるようになっていくはずである。もちろん、グローバルな経済システムの一部でありたいと思っている国々が必要としている、そのような機関の枠組みの共通項は絶対的に必要である。しかし、グローバリゼーションは、押しつけられたモデルの土台の上では、機能しないだろう。グローバリゼーションに対する反動が長引かないようにし、グローバル化によって、経済成長が続くようにするための方法は、一つしかない。それは、資本家のシステムの機能の仕方について、別の解釈を考慮に入れることである。
グローバリゼーションは、世界規模の基盤の上に、かつてなかったような方法で、幸福を生み出すポテンシャルを真に解放してきた。責任あるグローバル化を実現させるためには、コンセプトに関する大変な努力と、財界だけでなく、政界の指導者の協力も必要とする。さらに、民間の指導者たちが、十分に関わることも必要である。最近起こっていることは、我々がこの課題に果敢に立ち向かわなかったら、どんな事態が待ちうけているのかという警告なのである。
【2】グローバル財政システムを定める
――変動為替相場は、もはや今日の急激に変化する経済には役に立たない。
シンガポール上級相 リー・クアン・ユー
危機の勃発の年であった一年の間に、アジア通貨危機が、ロシアとラテンアメリカまで広がり、世界経済をデフレ景気後退に引きずり込みそうになっている。これは、世界財政システムのもろさと、グローバリゼーションが小さな開放経済国家にとっては脅威になっていることを暴露している。危機に見舞われたアジア諸国は、深刻な景気後退に突っ込み、通貨の価値は大いに下がり、多くの銀行や会社は支払い不能に陥り、失業率は高まり、インフレは高揚し、深刻な社会不安、政情不安が現出した。これらの国々が受けた“罰”は、概して、タイ、インドネシア、韓国が犯したかもしれない“罪”には、きわめて不釣り合いである。これらの国の罪というのは、その国の民間企業と銀行が、快く貸してくれる外国の銀行から借りすぎたことである。タイは800億ドル(1996年のGDPの43%)、インドネシアは850億ドル(1996年のGDPの36%)、韓国は1610億ドル(1996年のGDPの35%)であった。
現行システムである変動為替相場は、アメリカとヨーロッパが決めたものである。これは、固定為替相場を採用していたブレトンウッズ体制が、1973年に崩壊した時に、もっと望ましい他の解決策が見つからなかったためである。その時から金融市場は、情報テクノロジーの劇的な進歩によって、急激に発達してきた。銀行家、ファンドマネージャー、ヘッジファンド経営者は、コンピューターの中で、複雑な金融商品の目のくらむようなデータの山を作り出してきた。そして、IMFとG7先進工業諸国の蔵相たちは、発展途上国に対して財政システムの自由化を奨励した。しかし、それらの国が自由化をすることによって、銀行の力が弱く、国の管理の仕方が悪く、会社に対する統制が厳しくない国は、資本が大量に入ってくることによって危険にさらされることになる。彼らは、そういうことは警告しなかったのである。
この危機が勃発してからというもの、国際社会の間で論議の的となってきたのは、グローバル財政システムについてであった。アメリカ、EU、日本が、新しい構築について合意に至るまでには、長い時間がかかると思われる。「新しい構築」とは、国際的な金融の動きを統制する機関と基準のことである。彼らが、それまでの間に、ドル、ユーロ、円の三つの主要通貨間の大きな変動の幅を縮小することができたら、発展途上国の為替相場の変動も少なくなるだろう。これらのほとんどは、主要通貨の一つと固定されるか、あるいは、これらの通貨が大部分を占めるバスケットにリンクされている。
また、IMFや世界銀行のような機関は、組織的な伝染の危険性が高い場合には、最後の頼みの綱である貸し手の機能を果たさなくてはならない。危機に襲われた国の民間外国資本が、突然流れ出した場合に、その国の景気後退が深刻にならないためにである。流動性を注入することによって、国内金利は、耐え難いようなレベルまで上昇することはなくなるであろう。
しかし、新興諸国とその国の企業が、すべて無力なわけではない。彼らは、財政的グローバリゼーションにつきもののリスクから、自分たちを守ることは可能である。彼らは、国内の財政システムを強化し、もっと透明にする必要がある。彼らは、主要な経済統計を公表しなければならないし、国際基準に合致させなければならない。もし、国際投資家が、自分を取り巻く状況を理解していたら、危機の兆候が最初に現れた時に、“出口への殺到”パニックは起こりにくくなるだろう。国には国際基準が必要であり、それに対して自国の基準を設けるというのがベストである。IMF、世界銀行、そしてバーゼルに本部のある国際決済銀行(BIS)のような主な取り締まり機関は、金融・財政政策と会社規制に関して、国際的に承認された最善の規約を決めるべきである。
国際機関がまず関心を持たねばならないことは、タイ、インドネシア、韓国を襲ったような大惨事を避けるということである。貸し手や投資家は、お互いの行動を見習って、無分別に、家畜の群のような行動を取ることが時々ある。彼らが大挙して動く時には資産バブルが起こり、彼らがパニックによって出ていく時には資産価値の破壊が起こる。発展途上国は、グローバル化した経済に対し、完全に、または部分的に参加することが、損なのか得なのかをよく考えなければならなくなるだろう。
自国を金融市場の変動から一時的に守るためには、財政構造の弱い国は、何らかの資本管理が必要であろう。できれば、市場に基づいた形のものが望ましい。中国とインドは、このような管理をしているが、いずれもこの危機に関して、最悪の影響は免れている。通貨管理によって、外国資本の流れが減り、成長は遅れるが、安定がもたらされる。
G7国は、率先して基準を維持するべきである。そしてG7国は、投資銀行やヘッジファンドなどの自国の諸機関の水準を高く保つ必要がある。この危機は、G7国が、財政汚染に対して免疫がないことを示してきた。ロシアが国内債務の不履行を行った時、世界の投資家の間で、“質への逃避”が起こった。それはリスクの高い資産価値の暴落を引き起こし、アメリカ国債など、等級の低い債券市場における流動性の枯渇が起こったのである。
IMF、世界銀行、BIS、G7蔵相の課題とは、各国がグローバル財政システムにもっと十分に参加でき、より大きな恩恵を受けることができるようなシステムを構築することである。
今年の世界経済フォーラムの報道については、
●http://www.time.com/reports/davos/
●http://live99.weforum.org/
を参照のこと。
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